ノイズを取り除け。ビッグデータで導き出すUXの黄金比
2021.03.17

ノイズを取り除け。ビッグデータで導き出すUXの黄金比

 ゴルフ場のコースや、クラブハウスの改造を伴うリニューアル案件のアドバイザー。それが今の私の仕事の一部だ。平たく言えば、ユーザーがゴルフを楽しめるファシリティ(施設)やサービスの設計ということになる。

コースの黄金比は10:1

 私たちはゴルフに行くと「このコースは良かった」「このコースは難しかった」と、その日の体感覚をもとにコースを評価する。しかし、人間のそうした無意識の評価は案外あてになる。「このコース狭いなー」と感じる際のフェアウェイの幅は、実際にも30ヤード以下である場合が多い(1ヤード=0.9144メートル)。

プロのトーナメントではランディングエリア(ティーショットの落下地点)のフェアウェイ幅は25-30ヤードに設定されることが多く、一般のゴルファーがプレーするよりも狭いコンディションでプレーしている。

一方、アマチュアゴルファーがプレーするゴルフ場の平均的な長さは、全長で6700ヤードと言われており、1ホールに換算すると370ヤード程度。全国のフェアウェイの幅は約40ヤードが平均なので、1ホールの全長に370ヤード対して、その1/10の幅である35-40ヤードのフェアウェイが標準的な広さとなる。ゆえに、この「距離10:幅1」でデザインされたコースに立つと、私たちはそれを「平均的」と感じる。

では、快適な練習場の設計を頼まれたら、どのくらいの長さと幅が必要だろうか?

実はデータは簡単に取れている

 UXが良い、ゴルファーにとって気持ちのいい練習場とはどんな練習場だろうか?

・人工物がない広大な練習場
・ミスしてもボールの飛び出しや事故の心配がない
・芝生の上からボールが打てる

例えばこんな理想を掲げた時、どのようにその条件を満たす練習場を設計するだろう? 実はゴルフというスポーツはセンサーやアプリケーションを用いた計測器が非常に発達しているスポーツで、あらゆるデータを簡単に調べることができる。

・アマチュアゴルファーの飛距離の最頻値セグメントは203-224ヤードであること
・飛距離に影響を及ぼす変数は性別、年齢、ハンディキャップであること
・男性40代ゴルファーの平均ヘッドスピードが41.7m/sであること

などなど、こんなデータが簡単に手に入るどころか、実はアマチュアゴルファーの平均飛距離はここ数年伸びていないことまで分かってしまうと、新しいクラブは飛ぶという触れ込みは嘘なのか? という要らぬ情報まで取れてしまうから困ったものだ。

練習場の黄金比を導き出す

 話を戻して、気持ちのよい練習場を作るためには、良いショットを打っても悪いショットを打っても、練習場からボールが飛び出さないことが必須条件だ。

100%飛び出さない練習場となるとギネス記録を調べなくてはいけないが、98%のゴルファーが飛び出さない程度と定義すれば、「外れ値」を無視して設計すればいい。日本国内男子ツアーのシード選手でも、284Y-295の飛距離に50%以上の選手が当てはまることを考えると、普段アマチュアがプレーするコースであれば全長は300ヤードあれば十分だろう。

ではミスしても安心して打てる幅はどうだろうか? こちらもミスショットのデータを分析したデータを元にすれば分かる。大きくミスをしたショットは、飛距離に対して26%程度曲がり幅が発生することが判明している。これは仮に275ヤード飛ぶプレーヤーがミスをすると、狙った位置よりも最大で71.5ヤード左右にずれるということなので、該当プレイヤーが練習場の真ん中を狙って打った場合にミスしても飛び出さないためには、143ヤードの幅が必要になる。

すなわち「距離2:幅1」の練習場が、ゴルファーにとってUXが良い黄金比であることが分かるのだ。

UXを高めるにはノイズを取り除く

 例えばゴルフのナイスショットやミスのデータは、すべて無意識の結果だ。「夢中になっている状態」で起こったこと、とも言い換えられる。その夢中状態にノイズ(不要な心配や感情)を入れないためにどうすれば良いのか? を考えるのが今回の私への依頼だとも言える。

練習場でボールが打球エリアを飛び出してしまったら、打った人はその直後から事故や怪我を心配しなくてはいけないのでは、体験価値が悪い(血圧や心臓にも悪い)。だからそうならないための合理的なデザインを、データをもとに決定する。

これはゴルフに限ったことじゃない。他のサービスを作る場合でも同じだ。ユーザーが無意識で使っている状態を邪魔する「ノイズをの取り除くこと」で、UXは劇的に改善される。

UXの向上は、ICTやデジタルを通じて、人の無意識に寄り添うことで実現に近づく。

関連記事