電子書籍のUXがもたらした“容れ物デザイン”終焉の予兆
2020.12.09

電子書籍のUXがもたらした“容れ物デザイン”終焉の予兆

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 2019年のベストバイは何か。もしそう質問されたなら、ぼくは「Kindle Oasis」と答えます。言わずと知れた、Amazon発の電子書籍リーダーの上位機種。「読書は紙派」だったぼくの価値観を、Kindle Oasisは一変させました。今ではまず電子書籍で購入し、書き込んだり熟読したいものは再度紙の本で買う、が当たり前になっています。

防水であること、画面が大きいことに加え、とりわけ「物理ページ送りボタン」の存在が、使い心地のUXを傑出させているKindle Oasis──。ですが、さらに愛用し続けているうちに、電子書籍リーダーだけが持つ、紙の読書にはない最大の利点に気がつきました。

それは「読書フォーマットの統一化」です。

読書というUXにおいて、電子書籍には物理的な厚み(残りページ数)がわからないというデメリットがよく挙げられます。進化したとはいえ、スピーディに行きたいページに行くのも一手間あります。しかし電子書籍は、紙の本が持っていた「読書フォーマットが違う」という問題を解決しました。これが今やぼくには代えがたい価値になっています。

コンテンツ時代にカタチのデザインは必要か

 新書や文庫を除いて、紙の本はサイズがまばら。文字のサイズも、フォントも、行間も、ばらばらです。ぱっとページを開いただけで、いかにも読みづらそうな本、読む気にならない本というのも、残念ながら多々あります。内容の前に内容の見せ方で判断される。それは作者にとっても読者にとっても、そして出版社や書店にとっても、大きな大きな損失でしょう。

人にはそれぞれ、大きな文字が読みやすい人、小さな文字が読みやすい人、明朝体が好き、ゴシック体が好き、行間は広い方がいい、狭い方がいい、と「読みやすさ」にも個性があります。けれど紙の本にはそれを選ぶ自由が読者側にはありません。

電子書籍は違います。どんな本でも、基本的にはすべて自分が一番読みやすく、心地良いフォーマットに統一して、読書というUXに没頭することができます(今現在のベストだけでなく、視力や集中力の低下といった最適なUXの変化時にも対応できます)。書籍の電子化におけるこの革命的価値に比べれば、本棚がすっきりするだの、辞書機能が便利だのは、副次的価値でしかありません。実際、自分好みのフォーマットにすることで、紙の本では読破できなかった大作を、いくつも楽しめることができています。

そうして思うのは、コンテンツ価値が大きな現代において、カタチのデザインはまだ本当に必要なのだろうか、ということです。

売りづらく保管しにくいのもデザインのせい

 2019年、Kindle Oasisと並び、ぼくの生活に浸透したのが「メルカリ」でした。絶版本を探すためにだけにインストールしていましたが、ようやく「売り手」にもなりました。販売するアイテムの多くは本ですが、ここでも個別のデザインがメルカリで商品を「売る」「梱包する」というUXを低下させることがあります。無論、本のサイズに統一感がないからです。

せっかく準備したプチプチ封筒に、ぎりぎり入らない本が稀にあります。そのせいで、別に梱包用の袋や箱を買わなければいけません(それらを主要コンビニで販売し始めたメルカリのUXは、以前にも増して高まっています。もはや便利過ぎて他のフリマアプリには見向きもしません)。

「デザイン」が嫌いで言っているわけではありません。むしろものすごく愛しています。ただデザインが力を発揮すべきところは、もうずいぶん前から変わっているはずなのに、未だに「そうじゃない」部分のデザインに凝り、美しくない結果になっているのが不満なわけでして。

あらためてカタチ価値を考える

 もしあなたがなにかを販売しているのなら、ぜひ今一度、カタチのデザインにどれほどの価値が求められているのかを、考えてみてください。一般的なカタチを逸脱してまで、カタチを変えるメリットがそこにあるのかを。

ファッションやアート、嗜好品として、デザイン価値に(機能価値を超えて)お金が支払われる市場はあり続けるでしょう。でも紙の本を代表するように、カタチのデザインの価値がほとんどなくなっている場合、個性的にすることが、返ってUXを下げる結果になっていることがあるのも事実です。

むしろユーザー側が、自分にとって「(コンテンツを)消費しやすいカタチのデザインを選べる」ことが、今後はより高いUXにつながっていくでしょう。これは既存のオーダーメイドの発想とは異なります。自分だけのもの、自分にピッタリのものを誂(あつら)えるのではなく、求められているのは、自分が過ごしやすいように「自分の世界をデザインできる」こと、かもしれません。

ユーザーが自分で、“消費するカタチのデザイン”を選ぶようにはできないか?

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