営業マンが受付の前に行く場所は
クライアントとのアポイントはいつだって緊張します。それが新規商談であれば、なおのこと。見るからにお高そうなオフィスビルでの打ち合わせを前にして、私は受付より先にトイレに行きました。
さすが、トイレもピカピカ。時間はまだまだ余裕。リラックスして、大事なアポのシミュレーションしよう。そう考えながら個室に入って腰を下ろすと、一枚の貼り紙が目に飛び込んできました。
事件現場だったトイレ
たった一枚の紙きれですが、“盗難”という単語のせいで「事件は会議室で起こってるんじゃない!現場で起きてるんだ!」という青島刑事の雄叫びが脳内再生されます。なんと、このトイレは事件現場だったのか。
こんな貼り紙を目にしたら、あなたはどう感じるでしょう?
正直私は「UX悪いなあ」とがっかりしました。(同じ状況なら、きっとあなたもそうするように)私は即座にトイレットペーパーの残量と、予備のペーパーの確認をしました。リラックスとは程遠い、緊張や不安を感じながら。
犯罪者になれというのか?
幸いにして、この時はトイレットペーパーがありました。でもなかったら、電話するんですよね?
「もしもし、エントランス階のトイレ奥の個室ですけど、トイレットペーパーがなくなりました。補充お願いできますか?」
馬鹿げてる。百歩譲って電話するのはまだいい。でもこちとらお尻を出して座っているのに、どうやって受け取れというのか(お尻を出して一等賞がもらえるのは、どう考えても小学校低学年まで。おじさんの場合、入賞も危うい……どころかただの犯罪)。
ドアの上から落としてもらう? ドアをちょっと開けて受け取る? いやいや、ないない。
ということで練習問題です。あなたなら、どうやってこのトイレのUXを高めますか?
練習問題:何が起きていて、どう解決するのがUX的にスマートか?
【 起きている(らしい)問題 】
・トイレットペーパーの盗難が多発している
【 採用された解決策 】
・予備品の設置を減らし、(不足時は)利用者に電話をしてもらう
しかし、この解決策はUXの観点でイマイチです。少なくとも私は不快に感じました。ということで、別のアイデアを考えてみましょう。
例の貼り紙を見て、私が思ったことは二つ、
(1)「盗難が多発している」は真実か? 確認方法は? どう防げばよいか?
(2)予備がなくなった際に管理者が知る方法は、利用者からの電話以外にないのか?
アイデアの評価基準を整理する
アイデアを検討する前に、アイデアの評価基準を整理しておきましょう。今回の場合、
(A)利用者の安全や安心がおびやかされないか
(B)コストが抑えられるか
……と仮定してみます。
例の貼り紙は(A)の安心面で減点でした。貼り紙をなくし「管理人を常駐させる」「警備補充の回数を増やす」という解決方法も考えられますが、人件費の問題から(B)の条件を満たせません。
では、どんなアイデアがありそうでしょうか?
例えば、「予備のトイレットペーパーを重量センサーの上に置く」はどうでしょう。一個分の重さになったら管理者にアラートが飛ぶようにすれば、タイミング良く補充できそうです。二個分以上の重量が時差なく軽くなったら、盗難ブザーが作動する、といったことも考えられます。
システムのコストはどのくらいでしょう。全個室分を用意するには、さらにアイデアが必要かもしれません。個室内に設置するスペースがあるかも確認が必要ですね。
身近な生活シーンからUXを考える
大事なアポ前にこんな貼り紙に出会ったがばっかりに、思わず撮影し、直前まで先に書いたような妄想をめぐらせていました。その甲斐あってか(?)打ち合わせは上手くいき、無事に契約となりました。
令和の今、トイレを知らない、使ったことがないという日本人はいないはずです。けれど改めて「トイレの役割とはなにか」「トイレとはどうあるべきか」と問われると、案外答えに窮するかもしれません。試しに「商業施設 トイレ 効果」で検索すると、こんな論文がヒットしました。
さて、今回は練習問題形式でお伝えしてみましたが、いかがでしたか? みなさんのトイレ生活が、よりよいUXになりますように!
ユーザーとしての体験が豊富だからといって、ユーザー理解ができているわけではない。提供者側の都合に陥っていないか、真摯に見つめ直すことがUX改善の第一歩。