ローテクだから生み出せる感動のUX(ネバネバ滞在記 vol.1)
2020.11.16

ローテクだから生み出せる感動のUX(ネバネバ滞在記 vol.1)

令和から取り残された村?

スマホを握りしめ、有線ラジオの前に正座する 。あなたにはそんな経験がありますか?

2019年7月23日、19時25分。僕たち夫婦はとてつもない高揚感と緊張感のなか、文字通り「有線ラジオの前で正座」し、待機していました。5分後に流れる村の放送が楽しみでしょうがなかったのです。

昭和の匂いがするアナログなラジオのしぼりを回し、一字一句聞き逃さないように、今か今かと「そのとき」を待ってました。

あ、自己紹介が遅れました、UXジャーナルメンバーのマギーです。二年前に夫婦で渋谷から長野県の最南西にある村、根羽村に移住しました。昨年、娘が生まれ(※激かわ)今は家族三人で村暮らしです。

仕事は村全体のPR戦略、地域資源を活用した事業やイベントの企画立案です。といっても、僕が根羽村への移住を決心したのは仕事のためではなく、純粋に「村社会の暮らしをするため」でした。

村暮らしの満喫が最優先事項

 便利であることや、会社に尽くして一所懸命に頑張ることでは、僕の望む幸せは手に入れられない。それを都会生活で痛感しました。まったく異なる生き方のベクトルを模索していたとき、以前から仕事で縁のあった根羽村が脳裏に浮かび、気づいたときには移住するという選択に……。

根羽村、マジで最高なんです。人口が900人、高齢化率54%、土地の9割が森。そして、つながりを大切にすることが根付いている村。選挙時の村民投票率はなんと8割。令和とは思えない、まるでタイムスリップしたような地域暮らしが体験できちゃうんです!

UXジャーナルでは、そんな村暮らしのありえない日常で出会う、村ならではの「最強のアナログUX」についてご紹介したいと思ってます。

ラジオという、最悪のプラットフォーム

第一弾は、移住してから今日までの二年間で、最も嬉しかった出来事の一つ。有線ラジオでの体験です。

根羽村では、有線ラジオは今なお村一番の広報ツール。朝・昼・夜に流れ、村民になると無償で役場から受信用レシーバーが提供されます。

朝は6時から、爆音のエーデルワイスが流れます(毎日)。村の人にとってはきっと朝食の合図なのでしょう。

厄介なのはこの村内ラジオ、あらゆる重要な情報すべてを聴覚だけでキャッチアップしなければいけません(ラジオなのだから当然)。聞き逃すと取り返しがつかない。そしてどういうわけか「おいそれかなり大事だろ!」というアナウンスも、ラジオオンリーで告知されます。

もう、情報共有プラットフォームとしては最悪のUXです。笑(いやほんとに笑いごとじゃなく。)

でも。

そんな最悪なプラットフォームでも。涙が出るくらい嬉しい最高の体験ができたんです。それは「子供の出産のお知らせ」でした。

アナログがもたらす、特別な質感

根羽村では、子供が生まれ、出生届を村役場に出すと、新しい子供の名前を有線ラジオで全村民に向けて報じる。という文化が古くから続いています。

人口900人の根羽村にとって、子供は宝。一年に一人生まれるだけで奇跡なんです。だからこそ、一つひとつの命の誕生をみんなとても大切に扱っています。

僕の場合、子供が生まれたのは7月16日。村外での出産だったので母子は一週間病院で待機し、村に戻るのは24日でした。その間、村では会う人会う人とこんな会話をします。

村民「マギー、お前の子の名前は決まったか?」
僕「ふふふ、村内放送を楽しみにしててください」

そしてついに、村内ラジオでの子供の名前発表日時が決定しました。7月25日の19時30分です。

だから僕は発表の5分前、有線ラジオの前で正座をし、スマホをラジオに構えて待ち構えていたのです。

そして、その時がやってきました。

 

感動をもたらす“昔ながら”も大事なUX

基本的には、有線ラジオはプラットフォームとして最悪です。僕は今でも二ヶ月に一度しか捨てることができない段ボールの回収日を、しょっちゅう聞き逃しイライラしています。

しかし、今回僕が経験した「赤ちゃん誕生放送」の感動プロセスにおいては、有線ラジオがもたらす質感、雰囲気は必要不可欠の演出ツールでした。

実際、この放送以降、娘の「ミズキ」は村のアイドルとして降臨。あらゆるおじいちゃんおばあちゃんに愛されながら育っています。

村での「赤ちゃん誕生放送」がもし、メルマガやLINEといったデジタルツールだったとしたら……?

プラットフォームの便利さが、ユーザーの感動につながるわけではない。使うプラットフォームの特徴や強みを活かしたプロセス設計こそが、感動体験になる。

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