ChatGPTの生み出す記事がWeb上を覆い尽くしたとき、なにが起こるのか?
2023.01.25

ChatGPTの生み出す記事がWeb上を覆い尽くしたとき、なにが起こるのか?

ChatGPT(チャットジーピーティー、Generative Pre-trained Transformer)をご存知でしょうか。OpenAIが2022年11月に公開したチャットボットで、人間の質問(自然言語)に対して、あたかも人間かのように的確な回答をしています(*1)。

公開からわずか6日という異次元のスピードで、ユーザー登録数100万人を超えたことでも話題になりました(ちなみに、ユーザー数100万人を超えるのに、Facebookは約1年、Instagramは2ヶ月半かかっています)。

すでにさまざまな用途が模索されており、日本でも活発に実験やHackが行われています。Twitter上で「クライアントとロゴ制作での打ち合わせのときに、確認すべきポイントを20個挙げて」といった質問に対する回答を目にしましたが、実際に有効なものばかりでした。

また、最近ではGoogle Docsと連携させ、1キーワード(例えば「日本の安全保障」)からアイデアを10個生成させ、そこからさらに各アイデアに対する1000文字程度の記事(と画像まで)を生み出す(生み出させる)猛者も現れました。

海外では、Tinderでの女の子とのやりとり(口説き方)をChatGPTに相談することで、成果をあげていると報告する人まで出ています(*2)。

ChatGPTがWebを席巻したとき、どんな未来があり、そこでは僕らのUXはどう変わるのか、どんな影響が起こり得るのか、想像してみたいと思います。

WikipediaはChatGPTが更新する

皆さんご存知のWikipedia(ウィキペディア)は、世界中のボランティアの共同作業によって執筆・作成される、フリーの多言語インターネット百科事典です。

その有用性はいくつかあります。紙の辞書とは違い、文字数に制限がないため、より詳細な説明が可能であることや、とりわけ辞書には載っていない最新の、あるいはマニアックなワード(例えばネットミームなど)に対応していること。逆に問題点は、一部「荒らし」が存在することや、記載内容の正確性が保証されているとは言い切れないといった面でしょうか。

以前の記事でも紹介しましたが、AI(大規模言語モデル)の得意領域は統計解析と予測。言い換えれば広い意味での「文脈」を読むことであり、その力は「要約」において非常に高く発揮されます(*3)。

であるならば、Wikipediaにまだ掲載されていないが、最近話題になっているワードを見つけ出し、それがどういった文脈や意味で使用されているのかを解析し、要約する。この一連の作業こそChatGPTの力が存分に発揮される分野の一つと考えられます。

同様のプロセスに少し手を加えるかたちで、アクセス数(アフィリエイト収入)を目的に、大量のブログ記事を作成する個人や組織も大量発生するでしょう。すると、どうなるか。

要約を要約して読む人間

容易に想像できる未来として、ChatGPTが要約した(1000〜2000文字の)文章を、さらにChatGPTで数百文字ないし数十文字に「要約して」人間が読む、という世界です。

紙でしか出版されていない本では難しいですが、電子化されている書籍などもこの対象になるでしょう。

情報収集効率という意味においては、格段に高まることが期待されますから、とても望ましいようにも思います。けれど、きっとあなたも僕と同じ、なんとも言えない気持ちを抱いているはず。

その正体を一言で表現することは困難ですが、仮に前述の未来が到来した場合に、予測し得る懸念についても掘り下げてみましょう。

そして僕らは“きっかけ”を失う

要約は便利でありがたい存在です。僕の周りでも話題の本の内容をYouTubeの要約チャンネルでチェックする、という人も少なくありません。そういった動画が100万回近く再生されていることも珍しくありませんから、それだけ需要もあるということでしょう。

確かに、コンテンツとして内容(概略)を知るだけであれば、要約でいいのかもしれません。人生の時間は有限です。コスパならぬタイパ(タイム・パフォーマンス)はますます意識されています。本であれば10万文字、それなりにしっかりとした記事であれば2000〜4000文字が、数百文字になる。そのとき僕らが獲得する(節約する)時間たるや、驚くほどです。

では逆に、要約によって「失われるもの」はなんでしょうか。
一言で言えば、「インパクト」ではないかと思います。

ある程度の長文のなかに包含される筆者の熱量、インパクト。どうしても抽象的な表現になってしまいますが、そうした目には見えない「カロリー」は、要約では絶対的に欠損されます。

そのとき、僕ら読者が本質的に失うものは、おそらく「きっかけ」です。

考え方を変えるきっかけ、価値観が変わるきっかけ、行動を起こすきっかけ、どっぷりと誰かやなにかにハマるきっかけ。そうしたものは、必ずそれを書いた筆者の偏執的・熱狂的・変態的なエネルギーに「あてられて」生まれるもののはずだからです。

それらは「内容」という意味においては不純物であり、要約の際には九分九厘、削ぎ落とされる要素です。要約を否定的に捉えているわけではありませんが、事実として、要約は個性を殺します。

そのとき作家・出版社・書店に求められることは

見方を変えれば、要約されても問題のない、主体のない(感じられない)書き手は不要になります。こうした時代に、それでも書き手であろうとするのであれば、個人の「キャラクター」がいっそう重要になるでしょう。

あの人の文章は、要約で読んでも意味がない。──そう思われるだけの熱量なのか、インパクトなのか、よくわからない魅力がなければ、便利で楽な要約の波に呑み込まれてしまいます。

人は楽に流れる。この事実には抗えません。もしこの先、本当に要約を要約して読む時代になっていったとしたら、それはChatGPTといったテクノロジーの進化と、楽をしたいという人間の欲求だけが原因ではありません。

文字を読む、本を読むという「体験」の普及を怠った、出版社や書店にもその一因はあると考えます。

いいUX(eUX)に人は戻ってくる

いまこの原稿を大阪の自室で書いていますが、そこにあるのは、僕にとっていいUXを与えてくれるものたちばかりです。トム・ディクソンのイスとテーブル、ライト。ソナス・ファベールのスピーカー。イデーの本棚。4段8トレイのボビーワゴン。そしてMacBook AirとHHKB。

どれも僕にとって、なくてもいいものだけれど、あると嬉しいもの。人生をより生きる価値のある日々にしてくれるものたちです。そしてそれは、それらと過ごす「体験」があるから思えることでもあります。

仮に「読む」という行為が要約によって効率化されていったとしても、人生で他には代えがたい「読書体験」をしたことがある人は、そのUXを本や文字から受けたことがある人は、この先もきっと紙であれ電子であれ、要約されていない原本を手に取るでしょう。感動をそこに見た人は。

書店は年々減少し、出版社も経営がどんどんシビアになるなかで、彼らが生き残りのためにしなければならなかったこと、これからでもしなければならないことは、人々(特に子どもや学生)への感動を伴う「読書体験(UX)」の機会の普及・提供ではないかと思います。

いいUX(eUX=excellent UX)に人は必ず戻ってきます。けれど、いいUXの記憶がそもそもなければ、楽や効率に流れても仕方ありません。いかに、いいUXを味わう機会を創出させるか。出版社や書店に限らず、それがあらゆるビジネスでの未来への鍵です。

追記:小さな箱で活動する作家の未来

ストリーミングとサブスクリプションの影響からミュージシャンの活動は、ネットで楽曲を発表し、ライブで稼ぐ、が一つの成功モデルになりましたが、もしかするとそう遠くなく作家も、原稿(書籍)をメインとするのではなく、(少人数の)ライブでのトークというUXからお金を得る方式になるかもしれません。

声優が、話すだけでなく歌って踊れることまで求められているように、作家として生計を立てたいのであれば、ビジュアルにも気を遣って軽妙なトークで人を楽しませるスキルも獲得せねばならないのかもしれません。

書くのが得意、書くことを選んだ人というのは、 基本的に根暗そういう人なわけだから、そんなの無理に決まってるだろ、と思わなくもなく。

*1──ChatGPT、chat.openai.com/auth/login(参照 2023-01-25)
*2──「「Tinderの次のメタはChatGPT」女性の口説き方をチャットAIにご教授願う猛者現る」GIGAZINE、gigazine.net/news/20221218-tinder-chatgpt/(参照 2023-01-25)
*3──イデトモタカ「“大規模言語モデル”の進化でコピーライターは路頭に迷うか」UX JOURNAL、uxj.jp/ux/ide_029/(参照 2022-12-27)

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