電子書籍でしか体験できないUXを、テクノロジーで実現してこそイノベーションになる
2021.11.10

電子書籍でしか体験できないUXを、テクノロジーで実現してこそイノベーションになる

 前回の記事『電子書籍でしか体験できないUXをどうデザインするか?』で、電子書籍ならではの価値について検討しました。そして紙の本と電子書籍との差は「更新性」にあると述べました。

今回はさらにもう一つの電子書籍の特徴、「レイヤー」について考えてみたいと思います。『電子書籍でしか体験できないUXをどうデザインするか?』を未読の方は、先にそちらからご覧ください。

“みんな”の意見はどうでもいい

 Amazon の Kindle には「ポピュラー・ハイライト」という機能があります。「982人がハイライト」といった具合に、みんなが線を引いた場所を教えてくれます(オン・オフ可能)。

でも正直なところ、「みんな」がどう思ったかなんて、まったく興味がありませんし、知ったこっちゃありません。でもそれが尊敬する人、一目置く存在、例えば孫正義さんがこの本のどこに線を引いたのか、どんなコメントを書き残したのかは、もの凄く興味があります(きっと“みんな”も)。

電子書籍は紙の本と違って、本文のレイヤーの上に、さらに別のレイヤーを重ねることができます。これは紙の本ではできません。だったら、優秀な読者の「読み方」を共有することで、さらに面白いコンテンツが生まれるはずです(このサービスを便宜的に「ジニアス・ハイライト」と呼びます)。

テクノロジーの価値は体験を刷新すること

 いくら紙の本に電子書籍を近づけていっても、新たな価値(UX)はありません。テクノロジーは「体験」を刷新してこそイノベーションになります。

そういう意味でも、尊敬される読み手の「ハイライト」や「メモ」を、オプションで表示ないし購入し、オン/オフ切り替えられるとなったら、これはテクノロジーによる新しい体験(UX)です。

今までどおりにも読めるし、オプションによりさらに学びを深めることもできる。現状、本の帯はただの推薦文ですが、「ジニアス・ハイライト」では「読み手」目当てでの購入も期待できます。出版社は一冊の本から得られる利益のポテンシャルを何倍にもでき、「プロ読書家」という職業が生まれる可能性も十二分に秘めています。

本そのものの価格より「ジニアス・ハイライト」のオプション金額の方が高くなる危惧もありますが、それは別途議論すべきテーマかもしれません。

オンラインだから意味があるのでは

 では、こんなサービスは今までになかったのかというと……ありました。キングコング西野さんが企画した『しるし書店』です(※現在はサービス終了)。

「(読み手の)しるしのついた本こそ、価値があるのではないか」という切り口で、読み終えた本をただの中古本としてではなく、読み手の読書プロセスを知れる「価値ある本」として販売できるサービスです。

当然、読み手の影響力が高いほど、しるしのついた本にも高値がつきます。発想はユニークですが、ぼくは以下の点で批判的でした。

(1)本当にいい本は手放さない
 手放す本はそれだけの本です。ぼくは読んだ本の大半を処分するので、蔵書の数は非常に少ないですが、逆に手元に残す熟読本には無数の線とコメントが書かれ、一生手放さないバイブルと化しています。本当はそういった本こそ有益なのに、絶対にそれらは流通しません。他の人にしても、事情は同じはずです。

(2)著者/出版社に還元されるモデルではない
 やっていることは中古本の売買です。どれだけ高値がつこうが、著者や出版社に還元されることはありません(「ジニアス・ハイライト」の場合は還元設計も可能)。また、リアルな本なので価格も高額になりがちですし、高額で売れたら売れたで、味をしめて、同じ本を何冊も買い、マスターブックを作業的に複製して販売するようになります。それ自体は非難することではないのかもしれませんが、以下(3)の懸念へと発展していきます。

(3)ただのアイドルビジネス化する
 もともとのコンセプトだった「しるしのついた本に価値がある」が失われ、ただ「あの人の手書きメッセージがある」本が、色紙の代わりに高値で売買される。そんなアイドルビジネス化することは容易に予想できます。実際に、閉鎖前にぼくが『しるし書店』を覗いたときには、西野さんのお母さんのサイン入りの西野さんの本が、高値で販売されていました。こうなるともう『しるし書店』でもなんでもありません。

職業が生まれてこそプラットフォーム

 YouTube、楽天市場、ヤフオク、Udemy……などなど、プラットフォームとして成功するかどうかは、そのサービスを職業にできる人が出てくるかどうかが重要な要因です。

著名人・ビジネスリーダーによる「ジニアス・ハイライト」は、十分に職業として成立するだけのポテンシャルがありそうです(ただ、そういった読み手は、そもそも本業で成功しているわけですが……)。NewsPicks における「プロピッカー」のイメージに似てますね。

『しるし書店』のアイデアはとても面白いものですが、DX化し、オンラインで実現してこそ新たな価値創造、イノベーションになるのではないかと思います。

もしこれが実現されたら……うん、けっこう、面白そう。

では、また書きます。

テクノロジーは「体験(UX)」を刷新してこそイノベーションになる

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