“大規模言語モデル”の進化でコピーライターは路頭に迷うか
2022.12.27

“大規模言語モデル”の進化でコピーライターは路頭に迷うか

テクノロジーの観点で今年2022年を振り返ると、最も衝撃的だったのは「Stable Diffusion(ステーブル・ディフュージョン)」や「Midjourney(ミッドジャーニー)」といった、画像生成AIの民主化ではないかと思います。写真(カメラ)の登場に匹敵する出来事だと言う声も聞こえます。

今年9月、画像生成AIによって作られた、静岡県の水害(豪雨被害)に関するフェイク画像(個人によるフェイクニュース)を目にした人もいるかもしれません。(*1)

また前月の8月には、米コロラド州で開催されたファインアートのコンクール(デジタルアート部門)において、前述の「Midjourney(ミッドジャーニー」によって描かれた絵《Theatre D’opera Spatial》が最優秀賞を受賞したというニュースも耳目を集めました。(*2)

もはや読解力は人間を上回った

慶応義塾大学の栗原聡教授によると、驚くほどの精度で描かれる画像生成AIの仕組みは、大きく「キーワードから画像の全体の構図をつくるAI」と「その全体の構図を詳細化して高精細な画像を仕上げるAI」の2つのエンジンから構成されており、「特に重要なのは前者の『構図をつくるAI』には、『大規模言語モデル』の技術が応用されている」と言います。(*3)

大規模言語モデルは、2018年にGoogleがリリースした「BERT」を嚆矢(こうし)とする、最新のAI(通称、“賢すぎるAI”)であり、ニュースやブログ、SNSなど、インターネット上のあらゆる文章をAIに読み込ませ、単語と単語の繋がり方の法則性、要するに「文脈」を学習させたものです。米スタンフォード大学の実験によれば、文章の読解力テストにおいて「BERT」はすでに人間を上回る成績を収めているようです。(*4)

東京大学大学院の松尾豊教授は「文章が介在する領域、つまり産業のほぼ全域で大規模言語モデル活用の余地がある。ホワイトカラーが担う知的労働の相当な部分は、大規模言語モデルで自動化できる可能性がある」と語っています。(*5)

コピーライターは失業するか

画像生成AIにせよ、文章(あるいはキャッチコピー)生成AIにせよ、それらの一般化・民主化により、これまでの仕事の枠組みに影響を与えることは間違いありません。けれど同時に、この流れは過去何度も我々が経験してきたことでもあります。

言わば「つくる」対象から「選ぶ」対象への移行化です。

「いらすとや(*6)」の登場により、イラストが描いたり頼んだりするものから最適な絵を選ぶものになり、Wordpressの大衆化で、Webサイトのデザインがデザイナーにお願いするものからテンプレートを選ぶものになり、写真素材サイトの普及で写真も撮るものから探すものになりました。

Webサイトそのものの制作も、HTML/CSSで手書きすることはほとんどなく、Wix(*7)などのノーコードツールで好きなデザイン、機能、構成を、選ぶことで理想を実現し目的を達成するほうが主流となってきています。

そういった意味においては、「言葉」はむしろよくここまで持ち堪えたと見るべきです。

言葉も今後は、まず間違いなく自ら考え「つくる」よりも、いくつかの候補から「選ぶ」対象になるでしょう。そして、それで十分な人たちが大半だと思われます。

デザイナーやプログラマは失業したか

歴史を振り返れば、写真(カメラ)が登場したからといって、画家という職は失われませんでした(多くの失業者を生み出したかもしれませんが)。イラストも、デザインも、プログラミングも、テクノロジーにより無料化され、誰でも自由に扱えるほどプロフェッショナルの技術がツール化されるようになって久しいですが、それでも職は存続しています。

実際、生き残りは難しくなっているでしょう。その傾向は今後も続き、難易度は上がれど下がる兆候はありません。その不可逆な流れが「言葉」の領域にまで届いた。確かにこれは事件ですが、驚くほどのことでもありません。

写真の誕生で絵画が劇的な進化を遂げてきたように、デザインやプログラミング、そしてコピーライティングもまた、その価値や意味、意義を問い直し、非連続的発展をする必要性に迫られ続けています。その道程で、絵画の世界にマティスやピカソが生まれたように、新たな価値が発見されていくはずです。

UXの解は常に更新されていく

AIのほうが強いからといって、囲碁や将棋の競技的魅力が失われたわけではありません(*8)。誰も車(マシン)には勝てないとわかっていても、陸上競技には夢がありファンがいます。

コピーライティング(言葉)に限らず、今後もどんどん、あらゆる業種業態にAIの手が入っていくことは、誰の目にも明らかです。そしてその都度、僕らの「常識」は書き換わっていきます。

僕自身コピーライターとして、これまでコピーライティングはユーザーにどんなエクスペリエンスを価値として提供してきたのか、それが今後は、どんなエクスペリエンスでなければもはや価値ではなくなるのか、あるいは、どんな新たなエクスペリエンスの可能性があるのか──そういった問いと向き合っていく必要があり、その大きな歴史の転換期にいることは、不幸では決してなく、とてもスリリングでエキサイティングなことだと受け取っています。

言葉を愛しているからこそ、AIを介した言葉の進化の結果、どんな世界が待っているのかが楽しみです。

UXの「解」は常に更新されていくものです。集中して深く考えることも重要ですが、けれどそのとき出した解は、時間軸上の一点での解でしかありません。それよりも、いかに「長く」考え続けられるかが重要です。点ではなく、線で、面で、考え続ける。

そうやって、いつまでもUXから目を逸らさない企業こそが、常にユーザーの期待を超えるエクスペリエンスを提供できる、選ばれ続ける存在になるのだと思います。

UXの「解」はテクノロジーの進化、常識の変化により更新され続けていく。ゆえに、いつまでもUXから目を逸らさない。

*1──CNN.co.jp「AI作品が絵画コンテストで優勝、アーティストから不満噴出」(2022.09.08 Thu posted at 06:59 JST)www.cnn.co.jp/tech/35192929.html
*2──読売新聞オンライン「AI使い「静岡水害」とデマ画像、5600件以上拡散…投稿者は生成認める」(2022.09.27 20:16)www.yomiuri.co.jp/national/20220927-OYT1T50208/
*3・*4・*5──木寅雄斗「「賢すぎるAI」の大競争時代──日本よ、取り残されるな」『Wedge 2023年1月号』株式会社ウェッジ、9頁。
*6──「かわいいフリー素材 いらすとや」www.irasutoya.com/
*7──「無料ホームページ制作ツール | Wix.com」ja.wix.com/
*8──WIRED.jp「進化を遂げた囲碁AI「AlphaGo」の勝利に、人工知能の未来を見た:『WIRED』US版リポート」(2017.05.24)wired.jp/2017/05/24/revamped-alphago-wins-first-game-chinese-go-grandmaster/

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