4つの特徴から紐解く、入場料のいる本屋「文喫」の読書家を魅了するUX
2021.05.05

4つの特徴から紐解く、入場料のいる本屋「文喫」の読書家を魅了するUX

 東京は六本木にある、入場料が必要な本屋「文喫」を知っていますか。いいえ、書き間違いではありません。「入場料が必要な本屋」です。それも数百円ではありません。平日は1650円、土日祝は1980円(どちらも税込)という、余裕でビジネス書が一冊買える値段です。

ぼくは料金が割増される土曜日に行きましたが、それでもほぼ満員でした。「文喫」はなぜ支持されるのか。4つの特徴から、紐解いてみます。

1:入場料がかかる

 冒頭に書いた通り、「文喫」は本屋でありながら、入場料がかかります(雑誌中心のエントランスは無料開放)。本を選ぶために、本一冊分かそれ以上のお金がいるのです。それがデメリットだけであったなら、「文喫」は流行っていません。では、入場料を支払うデメリットを上回るメリットとはなんなのか。

最もわかりやすいメリットは「環境がフィルタリングされる」ということでしょう。読書家が一番求めるものは、まだ出会っていない傑作ですが、二番目に求めるものは、本を選び、読むための静かで集中できる環境です。「文喫」はそれを提供しています。

サードプレイスと謳われたカフェも、今では老若男女、子連れの主婦や学生、お年寄りまで、多種多様な人たちで賑わっています。ドリップコーヒーであればスターバックスでも300円台ですから、気軽に通うことができます。

しかし、どんなジャンルでも、その道の愛好家が求めるのは、自分と同じ属性で形成された環境(集団)です。「文喫」で気軽に過ごす学生や子どもはそういません。有料にすることによる属性のフィルタリングが、「文喫」の特徴の一つです。

2:蔵書30,000冊、雑誌90種類

 本を選ぶ「選書室」には、約30,000冊もの本があるそうです。そして驚くことに、基本的にはどの本も一冊ずつしかありません。書棚に面置きされていても、後ろには違う本が隠れています。

特徴1で述べましたが、読書家が一番求めるものは「まだ出会っていない傑作」です。言い換えれば、ぼくらは常に「出会い」と「発見」を求めています。それは映画好きでも、ワイン好きでもおなじ、普遍的な欲求です。

「文喫」は一般的な本屋のように著者別に本が分かれていません。ごく近い距離に、多様なジャンルの本が陳列されています。ふだん本屋で見かけるようなベストセラーでも、まったく無名の本と同列に並んでいるため、いつもと見え方がまるで違います。

偶然の出会いが(計画的に)頻発する。それによる発見の悦び。これが「文喫」の二つめの特徴ではないかと思います。

加えて、昨今はソーシャルディスタンスの名目で、多くの本屋から椅子やソファなど、本を選ぶためのスペースが排除されていたり、とても座れないほど数が減らされています。また、立ち読みという小さな背徳感(棘)も常に感じますが、「文喫」ではどちらの問題も感じません。

3:本を読まなくてもいい

 どういうことか。実際ぼくは、「文喫」でほぼ本を選びませんでしたし、一冊も読まず、買いませんでした。ではなにをしていたのかというと、仕事です。

たまたまぼくは急ぎでやってしまいたい仕事があったのですが、「文喫」は仕事環境としても最適でした。喩えるなら、最新の書斎です。

資料に当たろうと思ったら、すぐに、いくらでも、ユニークなものがある。それでいて、静かで、集中でき、電源や電波もしっかりしている。これ以上の仕事環境はそうありません。勉強もしかりです。

「文喫」には「閲覧室」と呼ばれるブースがあり、そこではまさに書斎のようなゆったりとした椅子と机、デスクライトが完備されています。ぼくと同様に、ずっと仕事や勉強をしている人もいましたが、無数にある本はその効率と刺激に大きな貢献をしています。

4:食事ができる

 有料で軽食を出してくれるキッチン(カフェ)が併設されています。入場した場合、煎茶とコーヒー(アイス・ホット)は無料でおかわりができるシステムですが、ハヤシライスやデザートなどの提供も行われています。

無論、お手洗いもあり、Wi-Fiも使えますから、これで食事もできるとなると、一日中いられます。次から次へと刺激を求めるためにあちこち出掛けるより、よほど時間効率も費用効率もいいかもしれません。なにせ、本好きであれば、未だ見ぬ出会いが数万と待っているのですから。

そして前述したとおり、選書や読書しかできない場所ではありません。仕事をしてもいいし、ネットサーフィンをしてもいいのです。それらが落ち着いた(フィルタリングされた)環境でできるのだとすると、月間パス(平日限定11,000円税込)を求める人が多いことにも頷けます。

図書館との比較

 最後に、図書館との比較をしてみます。本屋は好きなのに、図書館には行かない人は、少なくないでしょう(ぼくもそのひとりです)。ここまで読んで「文喫」を「有料の図書館」のように感じられた方もいるかもしれません。

けれど、実際にはかなり違います。本屋が好きで図書館には行かない人は、ユーザーがフィルタリングされていないからでも、蔵書が少ないからでも、食事ができないからでもありません。読みたい(とわくわくする)本がないからです。「出会い」と「発見」の悦び(経験)がないからです。

逆に言えば、「文喫」は無料の図書館が抱える問題を、有料の本屋というかたちで昇華させ、見事にニーズに応えたと言えます。

問題が解決され、満足が得られるのなら、本来無料のものを有料する道を明確に示した、好例かもしれません。

無料のものと対立してみる

 一般には無料のものを、あえて有料にすることで付加価値を生み出し、成功しているモデルはいくつもあります。例えばポケットティッシュがほしいだけなら、街で配っているものを貰うだけでも事足りるかもしれません。けれど、「鼻セレブ」などの高額ティッシュは、今や一つの市場にまで成長しています。

学校もそうです。公立の教育機関は無償化されたり、誰でも通える設定になっていますが、わざわざ高いお金を支払って私立に通わせる親の意図は、「文喫」で得られるメリットに近しいものがあります。つまり、環境(人)のフィルタリング、計画的な出会い、最新の教材など。

あなたのビジネスでも、本来は無料のもの、無料とされているものを、あえて有料にすることで解決できる問題があるかもしれません。そして有料にすることで得られるメリットが、ユーザーの感じる痛みを上回っていたなら、事業として十分成立するはずです。

まずは「入場料がいる本屋」を体感するために、「文喫」に行かれてみてはどうでしょう?

無料だからいいわけじゃない。有料にすることで、解決できるUXもある。

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