利便性と倫理性のUXマトリクスマップから考える、これからの社会と経営
2022.02.02

利便性と倫理性のUXマトリクスマップから考える、これからの社会と経営

おさらい(前回までの話)

 私たちの世界は、人と人の相互作用で成立しています。「私」が便利を享受できるのは、便利を届けてくれる働き手の苦労によって成り立っている、とも言えるでしょう。そうであるならば、「エッセンシャルワーカー」と呼ばれる方々の UX を上げていくことは、ユーザーである「私」たちが便利で快適な生活をこの先も続けるために不可欠です。

この視点で物事を捉えていくと、UX を考えることはサステナブルを考えることになり、ESG 経営をする上で UX は切り離せない概念ということになります。

つまり、UX を構成する要素には、利便性と快適性だけでなく、倫理性があることを私たちは知っておかなければなりません。

“エシカルであること”は企業にとってのKPIに

 UX に倫理性を内包すべきだと考えるようになったのは、私にとっても最近のことです。ESG や SDGs の概念が企業の中核を成す中で、着目せざるを得なくなっているという背景もありますが、そもそもユーザーである私自身が、「エシカルであること」を意識してモノやサービスを購入・利用することが増えています。

「企業はそこまで意識してビジネスをしなくてはいけないのか」と思わされたのは、NHK の朝のニュースでの一コマでした。精密部品を製造加工し、海外に輸出しているある企業の話です。その企業は輸送を物流会社に委託していましたが、その際、空輸時の燃料にバイオジェット燃料を活用しているかどうかを強く確認するシーンがあったのです。

これまで企業は自社の製造プロセスで発生するゼロ・エミッション運動などには積極的に取り組んできました。しかし、自社が直接タッチできない物流や調達においても、環境配慮をした選択を取るように強く働きかける必要があるということです。

『UXジャーナル』を運営する(株)文殊の知恵のメンバーで、根羽村在住のマギーが、間伐材を活用した「木からできた布」をあるメーカーさんとともに開発し、展示会に出品した際にも、多くのアパレル企業から「この布のトレーサビリティとCo2排出」について強く確認されたといいます。

業界を問わず、経営から現場に至るまで、「エシカルであるか」は B2B 取引において外せない柱の一本になってきています。

利便性と倫理性のUXマトリクスマップ

 利便性(便利・不便)と倫理性(エシカル・Notエシカル)を2軸に、「UXマトリクスマップ」を作成してみました。

言うまでもなく、右上の便利でエシカルの象限にあることが、最も望まれる UX です。では、「エシカルだし、使い勝手がいい」UX とはどういうものでしょうか。ぜひ5秒イメージしてみてください。

ポイントは「論理的に考える」のではなく、この一週間の自分の生活を「動画で思い出す」ことです。そうすることで、私たちの日常にあふれる UX のヒントに気づく脳の使い方に習熟してくるのではと思っています。ちなみに私は、以下のような体験を思い出しました。

スーパーのレジで、マイバスケットに品物を入れてもらう

 毎週訪れる、とても鮮度の高い魚が売っているスーパーがあります。毎回大量に買うので、お店がくれるダンボールに詰め替えて持って帰っていたのですが、帰ってから結局そのダンボールを壊します。うちはダンボールがとても多く、二週間に一度の回収時には、溢れかえってげんなりします。息子が言うには、ダンボールはゴキブリの餌になるそうです。とてもよろしくない。

というわけで、マイバスケットにチェンジしました。すると……なんということでしょう。今まであんなに面倒だった「精算済みカゴ」から「ダンボール」への詰替えが不要になるばかりか、「プロのチェッカー」の美しい所作と技で、エノキやら刺し身やらブロッコリースプラウトやらが、マイバスケットに次々と収納されていきます。私は会計をして持ち帰るだけ。ああ、なんでこれまでやってなかったんだ!と膝を打った出来事でした。

この経験における「エシカル」というのは、「ダンボールを使わない」だけではありません。「チェッカーの方がせっかく詰めてくれたものをもう一度詰め直す、という無駄を減らす」という視点もあると思っています。

同時に、「チェッカーの方の華麗な詰め替え技術」を「顧客価値」として私は感じ取り、「きれいに詰めてくださりありがとうございます」と伝えることもできました。もちろん、顧客側が「もっときれいに詰めろ」みたいなことを言い出すと、せっかくの好意はどこかで有料化されてしまうことになるかもしれません。

大事なのは「相手の技術や好意に、消費者として精一杯の感謝を伝えること」です。こういう消費者とサービサーの関係性も、「エシカル」の一条件であると考えています。

ひと手間かかるけどそこが味

「UXマトリクスマップ」に話を戻します。右下は「便利だけど、Notエシカル」です。この象限に入るのは、例えば「即日配送」サービスです。ちょっと前に Amazon でありましたね、何時の注文なら即日配送するというもの。

現在も都心部では行われているのかもしれませんが、物流サイドに多大な苦労があるのではないかと、正直心配になります。そんなこと心配しなくても大丈夫なくらい、楽になっているのであれば良いのですが……。地球にやさしくするのはもちろんのこと、「人にやさしく」も大切です。

左上の「不便だけど、エシカル」は「ひと手間かかるけどそこが味」のようなものですね。キャンプが好きな人にはよく分かる感覚かもしれません。先日、私の地元にある海の前のカフェ「Hazufornia Beach House」に、薪で沸かすフィンランド製の野外風呂が導入され、「カフェなのに温冷浴をする」という筆舌に尽くしがたい UX を味わいました。

薪風呂はまさに「不便だけど、エシカル」です。薪を燃やせば Co2 は排出されます。しかし風呂に入るなというわけにはいきません。ガスで沸かしても同様です。というわけで、間伐材を薪でもりもり燃やして代わる代わる入浴しました。最高。

不便であり、Notエシカル

 最後に「不便だけど、Notエシカル」ついて考えてみましょう。この象限については、「なぜそのやり方を選んでるのか、もはや謎」と言うべき事例がいくつも思い当たります。

例えば「おくすり手帳」は極めて UX が悪いと私は以前から言っています。病院に行くのが日常になっていない人にとって、調剤薬局に薬をもらいに行くタイミングは、健康な状態ではないケースがほとんどです。

にもかかわらず「手帳はありますか」と聞かれるあの時間に、私は大変エクスペリエンスの悪さを感じます。「おくすり手帳」はアプリになっているようですが、そういった手元の UI/UX の改善だけでなく、私はむしろ早く医療側データを連結して「ユーザーにとって何度も同じ話をしなくて済む」「ミスを無くす」「薬にかかる総コスト(保険負担)を減らす」ということに取り組んでほしいと感じています。

お気づきのように、「紙だから環境にもったいない」と言う問題に限った話ではありません。ユーザーだけでなく、薬剤師の方も「たしかに、大変なときに手帳をわざわざ引っ張り出してくる余裕ないですよねー」と思っているのだとすると、そういう「一人ひとりのもっと良くしようという貢献意欲」を蔑ろにしていることが「エシカルではない」のだ、と。

あなたの身近な問題提起から

 旧来型の企業にある「発注依頼書」「発注書」「見積依頼書」のような、事務資料を作成する工数と、その資料を確認するという仕事を残したままでいることは、人の仕事のエンゲージメントという視点からするとエシカルではない。

「いや、それはそういう人たちの仕事を残すためにあるんだよ」という主張をされる方もたまにいますが、そういった低賃金労働を押し付けている構造が、そもそもエシカルではないという視点を持つことで、今のサービスモデルのあり方や、オペレーションのあり方を考え直すことができるはずです。

「なぜそのやり方を選んでるのか、もはや謎」と言うべき事例が社内にあるようでなら、「利便性と倫理性」というUXをマトリクスから、ぜひ問題提起をしてみてはいかがでしょうか。

便利も、快適も、そして倫理も。

関連記事