2020年雑感「研修終わって5分で焚き火」のUX
2020.12.30

2020年雑感「研修終わって5分で焚き火」のUX

 UXジャーナルをご覧いただき、ありがとうございます。2020年11月にスタートしてから、約一ヶ月が経ちました。2020年最後の更新として、メディア発行人の藤野から「2020年のUX振り返り雑感」を投稿します。いつもより長めの記事になりますが、ぜひあなたの一年を振り返りながらお読みいただければ幸いです。

出稼ぎ時代の終焉

 今年、最後に都内を訪れたのは3月6日でした。その後、夏に鎌倉と多摩センターに伺ったきり、かれこれ9ヶ月以上東京には行っていません。最初の書籍を出して以降、全国各地から講演や研修のお声がかかり、年間80日程は東京に出稼ぎに行く生活。そんな僕からすると、久しぶりに地元暮らしの2020年でした。

元々「テクノロジーを活用して働き方を進化させましょう!」と、そこかしこで話していた株式会社働きごこち研究所 代表取締役&ワークスタイルクリエイターの肩書を名乗る藤野貴教。オンラインの日々になったことに不自由はありませんでした。3月・4月には、「リモートワークに対応できていないウチの会社にアドバイスをお願いします!」という相談が立て込み、ある種のコロナ特需さえありました。

「あれ、仕事なくなんないじゃん」と余裕をかましていた藤野でしたが、5月からパッタリと研修の仕事がなくなりました。Zoomを活用したオンライン研修は2018年の終わり頃から開催していたので、「オンラインにしましょうよ、簡単ですよ」と研修会社の方や人事の方にお伝えするのですが、「いや、藤野さんが慣れているのは分かるのですが、受講生は不慣れなので、延期にしましょう」という話が相次ぎました。

「えっ! なんでこんな便利なことを使わずに、先送りするのよ。だって僕を講師に呼んだ研修のプログラムって“テクノロジーを活用したビジネスリデザイン”じゃん! このタイトルなのに、オンラインは不安なので延期しましょう、ってネタやんか」と、初めは笑っていましたが、本当にほとんどの大企業が「先送り」を決断してしまったのです。

「あれ? 僕が2017年からずっと伝えていた、テクノロジーを武器にして働き方を変えましょう、っていうメッセージは一体誰に伝わっていたんだ?」という無力感に襲われました。仕事がなくなったというショックもありますが、それ以上に「一体、なんのためにこの3年、全国駆けずり回って大人数の前でのライブ講演を頑張ってきたんだ?」という切なさが、徐々に僕の元気を奪っていきました。こんな僕でも、4月から5月はかなり落ち込んでいました。

世界の終わりってこんな感じかもしれない

 奥さん、ご存知でしたか? 藤野の書いた一冊目の本『2020年人工知能時代 僕たちの幸せな働き方』っていうんです。「2020年には、AIを中心としたテクノロジーは私たちの身近な生活に広がり、仕事や働き方を大きく変えていくでしょう。テクノロジーは私たちの仕事を奪う脅威ではなく、仕事を楽に、そして楽しくしてくれる味方なんですよ!」みたいなことをポジティブに語った本なんですよ。それなのに、2020年、僕たちの働き方を変えたのは、テクノロジーじゃなくってウイルスでした。どう思います、奥さん!(どこのみのもんたやねん)

そんな愚痴をオンラインミーティング上で語る4月、子供の学校は休校となっており、自宅の裏山にある大きな公園に、お弁当を持って毎日家族でピクニックに行っていました。緊急事態宣言が出ていた最中です。公園には誰もいません。まるで廃墟です。

貸切となった海の見える丘で、ポットに入った豚汁とおにぎりをかじっていると、上空をトンビが旋回しています。青い空に「ピーヒョロロ ピーヒョロロ」と独特な鳴き声が響いています。そして同時に聞こえるのは「緊急事態宣言が発令されています。不要不急の外出は避けてください」と言うスピーカーから流れる西尾市長の声。誰もいない巨大な自然公園にいるのは、僕たち家族とトンビだけ。

「ああ、世界の終わりってこんな感じなのかもしれない」

ふと、そういう声が僕の中から聞こえました。

「もしこのまま、どこにも行けない閉じられた世界になったとしても、家族とこうやって温かいご飯が食べられたらそれでいいじゃないか。そうだった。僕は、そもそもこういう暮らしがしたくて、この街に引っ越してきたんじゃないか。」

そんな思いが湧き上がってきたのです。今思うと、この時が僕のコロナ鬱の「底打ち点」でした。

その頃から、妻が師事する今井ミカさんアドバイスの下、ランニングで身体づくりを始めました。気がつくと40代。体力の低下は気になっていたものの、走るのが大嫌いだった僕。だけど、裏山をジョギングすることが日課になってくると、あることに気づいてきます。それは「僕たちの生きる日々には季節がある」ということ。田舎に暮らしているくせに忘れていた当たり前の事実に気づき、次に取り組んだのは家庭菜園です。庭の草をキレイに刈り、鍬で耕し、苗を植える。山から集めた枯れ木を薪にして夕方から焚き火。そんな日々が始まりました。以下は当時のFacebookでの投稿です。

 それでもまだまだ先行きに不安もあり、いろんな人に話を聞いてもらいました。人前で話す講演や研修でご飯を食べていた僕です。でも、ライブがなくなっちゃった。ああ、これからどうやって食っていけばいいんだろう? と言う不安を語ると「働きごこち研究所の人がどう働くかで悩んでるw」と友達がいじってくれました。「藤野さんはさー、話すのが上手いんだからYouTubeとかで話したらいいじゃないですか。それこそ今、コロナ禍で地方に移住したいなんていう人がいっぱいいるんだから、あなたが移住して十年経ってどう感じるか、なんていう話は聴きたい人がたくさんいると思いますよ!」なんて感じで元気付けてくれる仕事仲間もいました。

でも僕は一向に「やる気」が出なかったんです。働き方を進化させましょう! と言っている僕自身が、どこか変化を怖がり「これまでの働き方、仕事のあり方」にこだわっていたんです。YouTubeなんて、とてもやる気になれませんでした。

あれから8ヶ月。今では「UXおじさん」と称して、イカれたサムネイルを晒しながら、ペラペラ話す動画を毎週アップしています。「YouTubeやりたくなかったなんて嘘だろ?」とあなたも思いますよね? いえ、ほんとそんなつもり一切なかったんです。この夏までは。

俺の時代が来たw

 7月から8月。夏になると僕は毎年元気になります。その頃には「もう延期したって仕方がない」と肚を括った多くの大企業が、「オンライン研修」に舵を切りました。3月から6月までの間に、ベンチャーやオーナー系の企業では先んじてオンライン研修が導入されており、僕もその中で多くの知見・経験(ユーザーエクスペリエンス!)を蓄積していました。その成果が発揮される時がついに来たのです。

しかも夏は僕の住む街、Hazufornia(西尾市幡豆町)は最高にいい日差し。めちゃくちゃ不便な場所にあるので、そもそも人が少ないところなのですが、「人出が少なそうだから行こう」と、お客さんがたくさん来てくれました。僕がOPENに関わったHazufornia BeachHouseも、爆風の扇風機をガンガン回しての開放的営業。ガパオライスをテイクアウトして海辺でデッキチェアを広げて食べる。そんなコロナ禍スタイルが定着し始めていました。

 僕はといえば、5月頃から自宅の庭にデッキチェアを広げ、オンラインミーティングの日々。毎日のように走っていたこともあり、めちゃくちゃ日焼けをしていました。「今日も休みかい?」と隣のビニルハウスで農業を営む近所のおじさんに、「いやー仕事なんですよ、これでも」と返していました。6月下旬、中日新聞の西三河版にインタビューが掲載され、「開疎の時代の働き方」ってこういうことだろ! とドヤ顔で語り始めていました。やはり運動と日光は元気の源です。

 このデッキチェアが優れもので、サンシェードがついていて日差しを遮りながら、かつリクライニングして昼寝もできるのです。デッキチェアからZoomミーティングに参加することも増え始め、「やっぱワークスタイルクリエイターは違いますね」と東京の方からいじられたりしていました。

そして夏本番。オンライン研修の昼休みに、車を5分走らせHazufornia BeachHouseで唐揚げトッピングのキーマカレーを頬張り、海にドボンと飛び込みクールダウンしてからそのまま昼明け研修登壇を再開する、なんていうイカれたことをし始めていました。「だって太陽が眩しいから」などとアルベルト・カミュの『異邦人』の一節をかっこつけの理由づけにしながら。カミュの『ペスト』は読まないくせに。「ワーケーションってこういうことだろ!」とドヤ顔でした。

 この頃にヘビロテで聞いていたのは、Hazuforniaの仲間、Taichi Arakawaがコロナ禍でリリースした『Summer End Time』という曲。「いつだってそうだろ? これからもそうだろ? 波は満ちて返す。どんな景色も、どんな朝日も越えて」と言うフレーズを口ずさみながら、SUPで無人島まで渡り、それからオンラインワークに勤しむ日々。「俺の時代が来たw」と軽口を叩けるくらいまで、リズムを取り戻し始めていました。

結局のところ、やりたいことを、一緒にやりたいメンバーとやるのが一番楽しい

 あれだけ嫌がっていたYouTubeも、誰からも頼まれてないのに勝手にやり始めました。『藤野 貴教のビジネス落語チャンネル』と銘打ち、UXおじさんを名乗り始めました。

「YouTubeで語る」ということは、やってみるとUX的な気づきが数多くありました。

自分が話したことがアーカイブできるのが一つです。「今度打ち合わせで話したいUXという概念は、つまりこういうことです」と事前にURLを送ることで、打ち合わせの時間が大幅に短縮でき、かつ相手の理解がある程度進んだ上で、話を具体化することができるようになりました。ある意味、僕の「コピーロボット」ができたようなもの。ありがたいことです。

もう一つは「ストレス解消」です。今日気づいたこと、腹が立ったこと、世間に物申したいこと、そういった「愚痴」をYouTubeで語ることで、登録者数が少ないだの閲覧数が伸びないだのは全く気にしないままに、カタルシスを感じることができました。思えば、僕はライブ講演でこの手の「UX愚痴」を脱線トークとしてかましていて、それが意外にウケが良かったことを思い出しました。笑いながら聞いてくれるお客さんがいてくれる。ありがたいことです。そんな中、気づいたわけです。「そうだ、自分が話したいことを話せる場を、自分で作ればいいんだ」と。

僕は、テクノロジーを活用することで、世界のUXが今よりも良くなればいいと思って、いろんな人に話し続けて来ました。「話す場がリアルで開催できないとしても、オンラインでやればいい。ライブじゃなくてもYoutubeでやればいい。選択肢がたくさんあって、自分で選べるってことがUXが良いって言うことなんだから、自分にとって快適なUXは自分が作り出せばいいんだ」。この気づきが、「働きごこち」を13年研究してきた藤野貴教が身を
もって体感した、2020年のハイライトです。

そこで僕は決めました。

そうだ。「UX」をテーマに、研修プログラムを開発しよう。

ないんだからつくるしかない

 「自分の身の回りのUXを上げることが働きごこちが良くなると言うこと。利他の精神を持ち、傍を楽にすることが働くということで、自分の周囲3メートルにいる人のUXを上げること、その延長線にあるのが、顧客や社会のUXを上げることで、それがいわゆる顧客価値を上げるビジネスを生み出すってことなんだ」

そんなことを、みんなに伝えよう。でも「UXをテーマに研修したいんですが、やってくれませんか?」なんて発注なんてどこにもない。そりゃそうだ。まだ世の中に広がってない概念なんだから。でもだからこそ、伝える意味があるはず。

そんなことを思っていたら、敬愛する研修業界の先輩がアドバイスをくださいました。

「藤野くん、まだ世の中にちゃんと広まってない概念を人々に伝えるのならば、メディアを作るべきだよ」と。

そうか! じゃあ「UXってなんですか?」と言うことを伝えるメディアを作ろう。そう決めたのは、8月22日のことでした。

実は2019年の12月3日に、株式会社働きごこち研究所に加えて、もう一つ会社を作っていました。「ビジネス・テクノロジー・クリエイティブの3種の知恵を集めて社会課題を解決しよう」という思いを持って設立した、全員がパラレルワーカー(複業)のチーム、株式会社文殊の知恵です。

作って早々コロナ禍に入り、共に設立したメンバーもそれぞれの事業で忙しく、休眠状態にありましたが、「メディアを作るぞ!」という目標が定まってから、このチームが爆速で動き始めました。

「UXというテーマをやるなら、僕の今までの経験則とは全く違ったやり方でやるなら、そして何より、僕自身がワークシフトをするために、このチームでみんなとやりたい!」

メディアを立ち上げると決めたのが8月22日。何もないところから始めて、『UXジャーナル』と言う名前が決まり、文殊の知恵のメンバーである編集者・ライター・デザイナーのプロたちが爆速で活動。11月17日にわずか3ヶ月でUXジャーナルは誕生しました。しかも毎回のミーティングでみんな脱線トークでゲラゲラ笑いながら。自分の参加していないクリエイターたちのミーティング映像を、限定公開のYouTube映像で見ながら、気がつくと僕はゲラゲラ笑っていました。最高のチームUXを感じていました。

「そうなんだよな、結局のところ、やりたいことを、一緒にやりたいメンバーとやるのが一番楽しいんだよな」

 僕ら文殊の知恵のメンバーは全員、それぞれの事業があったり、企業に勤めていたりしているパラレルワーカーです。だからこそ、「せっかく文殊の知恵でやるなら、面白いと思えることを、こいつオモロイなと感じられるチームで、徹底的に真剣にやりたい」と思って集まっています。

そして、僕ら文殊の知恵のメンバーは、愛知・岐阜・大阪・長野・東京・千葉とバラバラなところに住んでいます。半分以上が田舎にいて、自分の生きたい場所を選んで生きています。ミーティングは全てオンラインです。だから、と言うわけじゃないですが、集まって話す時は大体、焚き火をしています。集まると仕事の話をほとんどしません。それぞれがどんな人間で、どんな生き方してきて、どんなことが好きで、どんなことが嫌いで、どんなふうに生きていこうとしているのか。そういう話をするのが一番UXがいいと感じるメンバー達です。

10人で始めた文殊の知恵は、一年経って26名まで増えました。いやいやびっくりです。高校の同級生、大学の後輩、東京時代の仲間、経営大学院時代の仲間、移住してから出会った仲間、そしてなんと僕に発注してくれたお客さんまで。これまで僕の生きてきた人生のるつぼみたいになってます。さらに最近では「この人、文殊っぽいんで、仲間に入ってもらいましょうよ」という感じで、僕とは直接の繋がりのないメンバーも、「文殊っぽい」という極めて曖昧な、それでいてめちゃくちゃわかりやすい感じで仲間が増えてきています。

ねえ、あなたも、UXを一緒にあげようよ

 さて、文殊の知恵はこれからどこに向かうのか。それは「やりたいことを、一緒にやりたい人たちとやって、UXの高い世界を作っていく」ということです。

2020年、師走の最後に仕掛けたのは「ファンサロン事業」の立ち上げでした。『UXアップデートLab』と称して、「僕たちの住むこの世界のUXをちょっとずつ向上していこうぜ!」という取り組みをスタートします。

インターネットで繋がったはずの世界は、インターネットで分断され始めています。世界のUXを上げるのは、誰か偉い人がやることじゃなくって、自分がやることなんだ。それは、自分の身の回り3メートルから始まることなんだぜ、なんて青臭いことをくだらない冗談をかわしながら語り合い、そして語り合ったことを、実際にカタチにするファンサロンです。

カタチにするってどういうこと? どうやってやるの? と思ったでしょう。答えがわからないことを考えながらやるから、面白いんじゃないか。だって、2020年、僕たちは気づいたから。誰かに「こうしてください」と決められた通りに生きるって、めちゃくちゃUXが悪いってことに。

自分の身の回り3メートルのUXを上げる。そのために何から始めたらいいかをUXジャーナルでは2021年も伝え続けます。このクソ長い、エモエモした文章を読んでくれたあなたには、これからもUXジャーナルの読者でいてほしいし、そしてよかったら文殊の知恵にちょっとだけ期待もしてほしい。

「文殊の知恵って何やってくれるのかわからないけど、ちょっと面白そうだから、こんなこと相談してみたいと思ったんですよね」と言われる感じの仕事の相談のされ方が、僕たちにとっては一番UXがいいから。

もし僕たちと一緒に、世界のUXをちょっとだけよくさせる活動をしてみたいと思ってくれたら、月額1000円しちゃうけど『UXアップデートLab』に参加してくれたうれしいし、その中でどんどん話をしたい。最近はSNSもアルゴリズムがどうかしちゃったのか、繋がりたい人となかなか繋がりにくくなっちゃってる感じもするから、「僕らとあなたが繋がれる場所」も自分たちで作っちゃったから。

そして、もしあなたが「文殊っぽい」人だったら、一緒にチームでやりましょう。文殊っぽいってどういう感じなの? ってのは僕たちにもうまく言語化できないからw、あなたが思う「文殊っぽさ」を聴かせてくれるだけでとっても嬉しいです。

最後まで読んでくれてありがとうございました。

 2020年、僕は、世界に季節があることを思い出しました。

 いつかできたらと思っていること(例えば親孝行)は、いつでもすぐにできることだと言うことを思い出しました。

 そして、今、自分がいるところが、自分にとっての世界であり、世界ってやつは遠くのどこかにあるんじゃなくって、どうやらここにあるってことを僕は思い出しました。

 2020年って、おもしろかった。

UXおじさんは、たまにエモいことを言う。

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