腹が立つことはいろいろありますが、ぼくが本当に嫌な気分になるのは、webサイトの会員登録時に、強力なパスワードを求めるくせ、ペースト操作ができない(禁止されている)入力フォームです。なんですか、あれ。
昨日、どうしても欲しいものがあって、三越伊勢丹オンラインストアにしか在庫がなかったので、初めて利用することにしました。立派な百貨店ですから、さぞいいUXを提供してくれるんだろうと期待しましたが……結果としては、かなり残念UXでした。
今回は特に目立った2つを取りあげます。
この方針は誰得なのか?
セキュリティと利便性(UX)はトレードオフ関係にあることが多いです。自宅の鍵は、いろいろな種類がたくさんついているほど安全安心かもしれませんが、それだけ不便(開閉の手間、鍵の増加)になりますし、新たなリスク(鍵の紛失)も発生します。
例えば指紋認証や顔認証、スマートフォンでのロック解除であれば、セキュリティ(鍵の強度)を高めながら、同時にUXも向上します(鍵の量を減らし、鍵そのものを持ち歩く必要がなくなる)。テクノロジーが追求すべきは、この方向です。
それに対して、いまいちセキュリティアップに貢献している実感がないままに、利便性だけが下がっている場合があります。webサイトでの入力フォームペースト不可も、その一つです。
犠牲には納得したいんだ
webのヘビーユーザーであれば、パスワードはもはや記憶していません。各サービスごとに個別に、アプリを使って強力な文字列を自動生成します。(自分で)打ち込むことは想定していません。だからこそ、簡単には破れないパスワードを安心して使用することができます。
そのため、ペースト操作ができないとなると、格段にセキュリティの低い(自分にとっておなじみの)パスワードを使用するか、十数桁のランダムな文字列をわざわざ一文字ずつ打ち込まなければいけません(それも確認用も含めて2回!)。
逆にwebのライトユーザーであれば、あらゆるサイトで共通のパスワードを使用している可能性が高いですが、仮に個別のパスワード設定しようとした場合にも、一度入力したものをペーストできないとなると、(セキュリティ意識の高くないライトユーザーだからこそ)安易なものにする危険性が高いと推察できます。
もしくは、ボットによる「攻撃」などを想定しているとしても、そのための不便はユーザーに還元されるべきではなく、内部の、もしくはユーザーにとっては不便を増加しない方法で対処すべきです。どちらにせよ、入力フォームのペースト操作禁止は失われた快適さを上回るメリットを感じません。
ユーザーが納得し「これなら自分のエクスペリエンスを犠牲にしてもいい」と思える理由がないエクスペリエンスの損失は、ただただ不満を生むだけです。これは最も避けるべき対象です。
導線を無視するんじゃねえ
もう一つの残念は、まったくUXを無視した導線です。オンラインストアでの買い物は、検索により目当ての商品を発見し、カートに入れる。その後、決済に進む際に、会員の場合はログイン、非会員の場合はゲストで購入、もしくは会員登録して購入の流れになります。
ぼくは今回が三越伊勢丹オンラインストアでのはじめての買い物でした。会員にならない「ゲスト購入」の選択肢がなかったので、非会員として購入手続きに進みました。そこで基本情報を入力し、登録を押したところ、よくあるメール認証(メールを送ったので、確認URLを踏んでください)の画面となり、買い物の流れは完全に中断されました。
仕方なくぼくはブラウザの別タブでメールを開き、確認メールのURLをクリックしました。そうすると、「会員登録を確認しました」と表示されるだけで、先ほどまでの買い物の導線は失われたままです。
再度カートボタンをクリックし、決済に進み、ようやくぼくは買い物を終わらせることができました。これがリアルの店舗で起こったことだったなら、カウンターをたらい回しにされているようで、店を出ているか、二度と利用しないことを心に誓っていたでしょう。
良くも悪くも企業姿勢はにじみ出る
一方で、最近パタゴニアのオンラインストアでも、はじめて買い物をしました。こちらのUXはとても良かったです。
会員ではなかったので、ゲスト購入したところ、カートから決済までスムーズに完了し、決済後に「今回入力した内容で会員登録しますか?」と表示されました。会員登録する場合は、不足している情報としてパスワードを追加入力するだけOKです。
これは、お見事。パタゴニアは、一アウトドアブランドを超えて、創業者の想いや企業姿勢など、世界中から尊敬・支持を集めています。今回の買い物でも、惰性ではない企業の「考える姿勢」が感じられ、とても好感を持ちました。
経験を増やす、ライトでいる、そして
今回の出来事から、ぼくらが教訓にできることはなにか。
(1)ユーザーとしての経験を増やす
(2)軽く変更できるようにライトな設計をこころがける
(3)自分たちの想いが反映されているかチェックする
まず、自分のユーザーとしての経験値を増やす。仮に三越伊勢丹オンラインストアのカートシステム担当者が、パタゴニアで買い物をしたことがあったなら、今とは違う入力フォームや導線になっていたはずです。
そして、一度決めたら簡単には変えられないものは避け、ライトに変更ができるシステムを導入すること。そのためには、なんでもかんでも自社開発にこだわり過ぎないことも重要です。
最後に、カートシステムに限らず、あらゆる場面において自分たちの想いを反映しているかを確認すること。
三越伊勢丹ホールディングスの行動指針(私たちの考え方)は、「人と時代をつなぐ」であり、「時代より先に変わろう」とありますが、ぼくには今回のオンラインストアでの買い物に、それらは感じられませんでした(今後の変化に期待)。
あらゆる接点を、「自分たちの想いを伝える機会」と捉えるか、それともなにも考えないか。UXを考えるとは、ユーザーの利便性だけでなく、自分たちはどうありたいのか、なにを伝えたいのかから始まるものだと改めて思いました。
自分たちは何者で、どんな想いでやっているのか。それを具現化していくことが、UX向上につながっていく。