ノーベル経済学者ならUXにどうアプローチするか?
2021.09.29

ノーベル経済学者ならUXにどうアプローチするか?

 2002年にノーベル経済学賞を受賞した、ダニエル・カーネマン。受賞スピーチでの「経済学の授業を一度も受けたことがない」発言が、さらに耳目を集めました。

彼の提唱した経済学と認知科学を合わせた行動経済学の誕生は、机上の空論と呼ばれていた経済学を、ようやくビジネスパーソンが実際に使えるものに昇華させました。

その土台となる「限定合理性」の概念の登場は実は古く、1947年にはすでにハーバード・サイモン(1978年にノーベル経済学賞を受賞)が提唱しています。ハーバード・サイモンは、ダニエル・カーネマンの指導教授でした。

彼らの功績により、「合理的判断」を前提としている経済学は過去のものとなりました。

人の満足は合理的じゃない

 ダニエル・カーネマンの著書『心理と経済を語る』のなかに、こんな話があります。

(前略)2人の人が今日証券会社から月例報告を受けたと思ってみてください。Aさんの方は金融資産が400万円から300万円になったと言われ、一方Bさんは100万円から110万円になったと言われました。さて、それではAさんとBさん、どちらがより幸せでしょうか? 答えは明らかですね。Aさんの方がはるかに惨めな気持ちで、Bさんはとても満足です。でも、もう一つ質問があります。AさんとBさん、どちらの方が自分の全体的な資産状況に満足すべき理由があると思いますか? ここでは、資産額がより多いAさんの方が、自分の資産状況に満足すべき理由があることは明らかです。

人間そんなもんだろう、で片付けてしまうのは簡単ですが、この「人の満足度を決めるのは『変化(得失)』であって、『状態(富の絶対量)』ではない」という観点は、とてもとても重要です。

この発見こそ、ノーベル賞を受賞するきっかけとなった「プロスペクト理論」です。

ユーザーの満足/不満足も変化量が決める

 サプライズが感動を呼ぶのは、変化量が大きいからです。しかし、諸刃の剣ともなるのは、繰り返すと慣れが生じ「サプライズがない」という負の変化もまた創造してしまうからです。

目先の変化に惑わされず、絶対的な状態に満足できる人は素晴らしいですが、みんながみんな、それほど優秀でも合理的でもありません。となると、やはり「変化」の量を意識することが、ユーザーだけでなく、チームや取引先のUXにとって大事になります。

そのためには一度立ち止まり、自分(自社)が提供しているUXを、冷静に評価する必要があります。そして、最もインパクトがあり、わかりやすく、変化(の量)を生み出せるものはなにかを考えます。

2軸で言えば、「(UX的な体感)変化量が大きい」かつ「すぐにできる」エリアを狙います。もちろんそのときの変化は、ユーザーを本質的にハッピーにするものでなければ意味がありません(webサイトの色を白から黒にするといったことではないのです)。

自分の不満足をなくす方法

 逆に、自分に対しては日頃からあらゆる状態に順応させておくことで、突然の変化にも大きなストレスを感じずに生きることができます。

例えば今回のコロナ禍で、突然リモートワークが強制されたり、飲みに行くことができなくなったりと、働く環境、生活のリズム、あらゆる制約や制限など、大きなストレスを感じた方も多かったようです。

ぼくの場合、元からどこかに行って仕事をしたり、家で仕事をしたり、飲みに行きまくることもあれば、ひたすら自炊を楽しんだりと、コロナ禍でのライフスタイル・ワークスタイルに慣れていたので、体感する変化量がかなり小さく、そのためストレスも正直感じませんでした。置かれている状況は同じでもです。

自分や家族を相手に練習していく

 ユーザーはどんな変化を待っているのか。それは口で言うほどに簡単にわかりません。自分のアンテナの感度を高め、変化に敏感になっていかなければいけません。

その練習としてまず、自分や家族を相手に、どんな変化をどれくらい起こせばインパクトがあり、かつハッピーかを考え、実行してみましょう。住み慣れた家、見慣れた部屋、ルーティン化した生活のなかで、どんな変化を起こせば「わお!」なのか。

例えばタオルを高級ホテルのようにすべて同じブランド、色、大きさの新品に買い替えてみる。一万円ほどの出費でも、とっても気持ちよくなりますし、みんな気がつきます。同じようにハンガーを統一して新調するのもおすすめです。

お金をかけなくても、水回りをピッカピカにしたり、ご飯の準備ができたら部屋に呼びに行くかわりに銅鑼(どら)を鳴らしたっていいのです。そういうことを(ふざけ半分に)やっているうちに、仕事でも使えるアイデアが出てきます。

「変化量」という視点からUXを考えてみる

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