UX格差の根本原因。無意識的記憶がつくる“思わず”のアップデート法
2020.11.16

UX格差の根本原因。無意識的記憶がつくる“思わず”のアップデート法

アーカイブを避ける若者たち

私(大矢)は大学生にゴルフを教える授業をしている。先日、生徒である学生たちがInstagramの申請をしてくれたので、彼らのアカウントをのぞいてみたら、驚いた。まったく投稿がない子ばかりだったのだ。一方で、ストーリー(※Instagramの機能の一つで、24時間しか表示されない発信方法)は毎日のようにあがってくる。

「日常(近況)」は友だちに共有しながらも、過去がアーカイブされることを避けているのだろう。確かに別れた恋人や、若気の至り的な投稿がタイムラインに残るのが嫌な気持ちはわかる。オジサンの私でさえ、昔の自分の投稿を見て「なんかイキガってるな…」と恥ずかしくなったりするのだから。

スマホ・ネイティブの感性

忘れもしない最初の授業で、私は少しでも人気の講師になろうという軽薄な考えから、当時出たばかりの「ポケモンGO」を意気揚々とインストールして学生たちに言った。

「ゴルフ場にはたくさんポケモンがいるから、休憩時間にやろう!」

そうしたら、

「いいですね、やりましょう!!」

と笑顔で盛り上がる……と(何の疑いもなく)想像していたのに、現実は違った。「パケ代高いんで無理っス」という衝撃的な一言で、数ヶ月かけた渾身の仕込みが一瞬で散ったのだ。

今さらながら、ネットに接続できないことは死を意味するスマホ・ネイティブの若い学生たちを思えば、その答えにも納得できる。その日から街で「ポケモンGO」をやっている人を注意して観察してみると、大多数は大人か、親にスマホを与えられた小学生くらいの子どもたちで、高校生や大学生はほとんどいなかった。

そんな若者からすると、キラキラした投稿を頑張ってアップしたり、他人の過去の投稿をのぞいてみたり、流行りのゲームをウケ狙いでやっている時点で、私はイケてないオジサンなのだ。

無意識的記憶で決まる“思わず…”

そんな若者たちがやがて社会人になり、知り合ったオジサンたちに「Facebookやってないの?」と聞かれる日が来るだろう。そのとき「いや、やってないっす」という答えに、あなたが「社会人なんだから、Facebookくらいやらないとダメだよ」と言う側に人間だったとしたら、それはきっと「社会人になったら印鑑くらい持ちなさい」と同じレベルくらい「古っ!ウザっ!」かもしれないので気をつけた方がいい。

FacebookもポケモンGOも、オジサンのオモチャであるという認識にアップデートしなくてはいけない。私はべつに若者に媚びたり、若者の価値観に合わせる必要性を説いているのではない。重要なことは私たちの「思わず」は、無意識的記憶によって決定されているため、若者がいま定着させている体験は、将来の大人が無意識にとる行動や感情になっていくということだ。

今、リモートワークやワーケーションにピンときてない大人たちが、来年以降に社会人として迎え入れる学生たちは、ZoomやTeams、Google Classroomをごりごりに使ってリモート授業で学んできた学生であり、相手にする顧客はAmazonやNetflixのサービスに慣れている顧客だ。そんな彼らの体験は、無意識に記憶となり、価値観を変容させる。

注文をとるという無駄な時間

「会議は会社でするものだ」と言えば、“思わず”「やばっ、この会社」と思うし、紙に顧客の名前を書かせるサービスは、“思わず”「イケてない企業」をアピールする格好の機会になる。

先日ゴルフ場に行ったとき、昼食の注文を年配の女性がとりにきた。耳が遠いのか要領が悪いのか、4人から注文をとるだけで5分かかった。40分しかない貴重な昼食時間の5分が、注文とるだけで失われたのだ!

8番ホールあたりで、スマホから注文できるようにしておいたなら、席についた瞬間に冷たいビールと温かい食事が食べられるし、レストランのオペレーションも改善され、顧客が喜ぶ。そんなことは現代人なら誰もが知っているというのに……と、“思わず”私もイラッとしてしまう。

しかし、このゴルフ場で“思わず”イラッとした私の言い分は、年配のゴルフ場経営者やマネージャーから見たら、SNSに投稿しない学生や、印鑑を持たない若者と変わらない。

Uberを殺したのは誰か?

他にも、外国人は日本のUberをめちゃくちゃ不便に感じると言う。海外でUberを使うと、事前に目的までの距離、ルート、料金が表示される。そのため、乗車してからドライバーと会話をする必要がない。

しかし、日本のUberはただタクシー配車アプリだ。乗ってから「×××通りのルートでいいですか?」「高速は使われますか?」と、日本語で質問される外国人が感じるストレスは推して知るべしだ。

さらに降車時には(海外の感覚からすると)べらぼーに高い料金を請求され、ボッタクられたのではないかと心配になる。世界を変える最高のサービスのはずが、最低なサービスに成り下がっている瞬間に、私たちは立ち会っている。

すべてはUX格差が生んでいる

加えて私は、日本の銀行アプリをとてつもなく不便に感じている。理由は、私がタイで使っているカシコン銀行(K-Bank)のアプリが驚くほど便利だからだ。

コンビニやスーパーで使える電子マネー機能があるのは当然で、ATMにスマホをかざすだけで、キャッシュカードを持っていなくても現金が引き出せる。スマホさえ持っていれば、外出先の支払いに困ることが一切ない。財布やマネークリップを持ち歩くことからから開放された。

日本の銀行アプリはどうか。私はいま4つの口座をアプリで使っているが、どれも腹が立つほど使い勝手が悪い。決済アプリとの連携がイマイチな上、送金するためにはワンタイムパスワード用の小さな端末を常に携帯しておかなければいけない(お陰で出張先にも持っていくはめになる)。「紛失したらどうしよう」という不安まで、ついてまわることになる。

これらすべてに言えるのは、「情報格差」ではなく「体験格差」だ。現代風の言い方をすれば、「UX格差」だろうか。

もし私が、海外のUberの使い勝手も、海外の銀行アプリの便利さも体験していなかったなら、“思わず”イラッとすることもなかっただろう。このUX格差が「なんで印鑑くらいで世の中は騒いでるんだ。押すだけだろう?」というトンチンカンな一言で、改善に進まない事態を招いていることは容易に想像できる。

ITリテラシー高い系の落とし穴

私たちの“思わず”という無意識的記憶は、体験によって作られる。問題は、これをどうやって書き換えていくかということだ。

Slackね、Zoomね、Uberね、知ってるよ。日経でみたよ。海外で流行ってるらしいね……という、なんちゃってITリテラシー高い系の人は危ない。そのサービスを実際に体験していないと、無意識的記憶は書き換えられないからだ。

「こんなに便利になったんだ!」という「ワオ体験」をアップデートしない、食わず嫌いならぬ「やらず嫌い」「使わず嫌い」は自分の生活の利便性だけではなく、産業の発展やサービスの向上の足かせになっている、という意識を持たなくてはいけない。

ワオ体験を更新しつづける

迷いながらも月額1,180円(2020年10月時点)のYouTubeプレミアムに(ようやく)登録した。広告が入らないので仕事中は1.5倍速で流しっぱなしにし、ニュースやビデオコラムを聞いている。最近はミーティングもオンラインが増えたので、ビデオデータをアップロードしておけば1.5倍で“ながら”視聴できるので、運転中や食事中でも議事録を確認できてめちゃくちゃ付加価値が高い。

オフラインでも聞けるので、移動中に節約できる通信料を考えれば格安Simの私には安い。「なんでもっと早く入らなかったんだ!」と後悔したほどだ。

もしあなたが最高のサービスや、最高の組織を作りたいのなら、こうした「ワオ体験」による無意識的記憶のアップデートを勧めたい。多くのサービスに無料利用期間があるので、さまざまなサブスクリプションサービスを、無料期間中だけでも試してみよう。それが進化の第一歩になるはずだ。

あなたが最後に「ワオ体験」をしたのはいつか。貪欲に「いいUX」を体験し、自分のなかの“思わず”をアップデートしつづけよう。

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