演技のススメ:感情の傾向チェックで、人生のUXが変わる
2021.01.06

演技のススメ:感情の傾向チェックで、人生のUXが変わる

みんな、演じて生きている

 僕の仕事は、3つに分類できます。演じる仕事(俳優、ナレーター)、作る仕事(演劇や映像の演出/脚本)、教える仕事(演技講師)です。今回はキャリアのスタートになった演じる仕事の中から、日々の生活でも役立つ「俳優の技術」についてお伝えします。

毎年、高校の文化祭で上演されるクラス劇での演技や演出の指導に行きます。ある時、先生の一人がニコニコと僕に「私たちも、生徒の前で演じているんです」と話してくれました。僕は深く共感しました。あなたはどうでしょうか?

誰もが日々の中で「自分の本音」がどこにあるかは横に置き、相手のためにどう振る舞うべきか、考え、演じています。つまり極論、みんな「俳優」なのです。

演技はライフスキルの一種

 だとすれば、ライフスキルとしての演技の勉強って、必要だと思いませんか?

思った通りに演じるには、やっぱり技術が必要です。相手のためにと思った演技が的外れの場合もあれば、伝え方を失敗する場合もあります。「間違えてしまった……」という苦い経験は、きっと誰しもにあるでしょう。

実は演技を学べる機会は、アンテナさえ立てていれば結構あります。僕も一般向けのワークショップをやっていますし、演技が初めてという方にもよく出会います。人生の中で演技を試すのはリスクを伴いますが、ワークショップやレッスンなら、経験と学びを手に入れることができます。

最初のステップは、自分の傾向を知ること

 ライフスキルとしての演技を学ぶ前に、ざっくりと「自分の感情の傾向」を知っておくのがおすすめです。

「感情」と「筋肉」って実は似ていて、使っていないと衰えます。若い時にあるベテラン声優の方と仕事でご一緒しました。「何十年も続くレギュラーがあるってすごいですね」とお伝えすると、「俳優としては不安定でいたいんだけどね」と言われました。理由を訊ねると「安定した生活をしていると、心が動かなくなるので、旅に出たり、美術館に行ったり、常に刺激を与えている」とのことでした。

確かにそうです。例えば、学生向けの演技レッスンでの、激しく罵り合う兄弟喧嘩のシーン。感情をぶつけあうような喧嘩の経験がない学生は、なかなか演じるきることが出来ません。理由は簡単です。普段、そういった怒りの感情を使わないので、心でそう思うとしても、それを体に伝達する回路が細くなっているのです。そしてそんな学生も自分の傾向を知り、必要な対策、技術を身につけていくことで、演じられるようになってきます。

僕にもいくつかの特徴があるのですが、一つは怒りを持続させるのが苦手なことです。怒りの感情を湧き上がらせるのは苦ではないのですが、持続せず、むしろ感情は悲しい方向に落ちていきます。こんな怒りを持つなんて、何をやっているだ俺は……みたいな感じです。だから、怒りを継続させなければならないシーンは困ってしまいます。では、俳優としてどうしているのか? 答えは「呼吸のコントロール」です。

その話をする前に、まずは「自分の感情の傾向」をチェックしましょう。

あなたの感情の傾向チェック

 まずは、準備です。今から「怒り」「悲しみ」「楽しい」の3つの感情を持ってもらいます。ここで重要なのは、それぞれの具体的なエピソードを持つことです。感情は刺激があって初めて動きます。ですので、思い出すと、怒りを覚える腹が立つエピソード、悲しくなってしまうエピソード、楽しくなるエピソードを準備してください。自分の中に思い当たるエピソードがなければ、感情移入してしまう漫画やドラマの1シーンでも、架空のエピソードでも構いません。

集中しやすい場所で、気分を落ち着かせてから、一つの感情につき30秒間、その感情のエピソードを思い出して、なるべく大きな感情を持つように心がけてください。一つを終えて、次の感情に移行する前に、前の感情が身体の中に残らないように、必ず大きく深呼吸をしましょう(コツは息を吐ききることです。これは日常でしている人もいるかもしれませんね。気持ちを切り替える時に有効です)。

では、どうぞ!







 さて、どうでしたか?
では、ここから感情の傾向をチェックをしていきましょう。今やったそれぞれの感情の30秒を思い出してください。

(チェック1)怒り、悲しい、楽しい、どの感情が一番やりやすかったですか?

やりやすかった感情は、普段、比較的よく使う感情です。感情の回路が細くなっていないので、感情が体に伝わりやすいのです。

(チェック2)反対に、一番やりにくかった感情はどれですか?

おわかりですね。やりにくい感情は普段、比較的使っていない感情です。そしてどれもばっちりだった人は、とても感情の豊かな人です。ただし一つだけ注意。今回の傾向は、今日のあなたの傾向でもあります。こんなことが僕の一般向けのレッスンでありました。

いつも怒りの感情が苦手な人が、ある日、感情の傾向をチェックしたとき「何かあったの?」と心配になるほど、怒りを身体から発していました。後で訊くと、会社でトラブルがあり、部下を叱った話をしてくれました。レッスンの前に怒りの回路のスイッチを入れていたのです。なので、日々のふとした時に、何度か先ほどのチェックをすると、より正確に自分の傾向が分かるはずです。

High、Neutral、Lowのコントロール

 問題はここから。「自分の感情の傾向」をどうコントロールするかです。まずは、その時点での自分の感情を認識して、これからどんな感情になりたいかを意識します。そしてそれをコントロールするのは、あなたの「呼吸」です。具体的な呼吸のコントロール法は、レッスンの場でないと正しく伝えられないのですが、できるだけイメージできるようにお伝えしますね。

まず、呼吸の状態には、High、Neutral、Lowがあると思ってください。怒ったり、盛り上がったりしてテンションが高いときの呼吸はHighです。Highの呼吸の特徴は、速く浅いこと。

逆にリラックスしたり落ち込んだりしてテンションが低い時の呼吸はLowです。こちらはゆっくり深い呼吸です。

Neutralはどちらでもない、普段の呼吸の状態です。レッスンではよく犬に例えます。エサを前にテンションが高いときは、ハアハアと浅い呼吸です。そして食べ終わって落ち着いたら呼吸はゆっくり深くなります。

感情のコントロールのコツは、呼吸の状態のコントロールから始まります。なんだか流行りのアニメみたいですが、身体を使うものは、やはり呼吸がカギになります。呼吸のコントロール法がない状態でのコツは、あなたの身体の記憶です。

身体で心を制御する

 熱くなっている時の私、落ち着いてる時の私、明るくポジティブなときの私、それぞれ身体はどんな状態でしょうか?

熱くなって肩の位置が上がり、呼吸が浅くなっていますか?
肩も目元も下がって落ち着いた、ゆっくりした呼吸ですか?
目が笑い、呼吸は落ち着いてるときよりテンポが少し早くなっていますか?

心と身体は連動しています。心がLowでも身体をHighにしてあげることで、徐々に心もHighになっていきます。なりたい状態を意識して、体の状態と呼吸の深度を合わせて行ってください。

 最後にもうひとつ、俳優のテクニック。例えば嬉しくてHighな状態になりたいときは、息を吸うときに合わせて嬉しくなることを思います。逆にほっと落ち着いたlowな状態になりたいときは、呼吸を吐く時に合わせてほっとすることを思います。もし時間があれば、息を吐くときに嬉しいことを思ってみてください。きっと、ゆったりとしみじみと心で味わうような「嬉しい」を感じるでしょう。

僕はいつもレッスンの最初に「演技は科学です」と話します。どんなことにも理りがあるように、演技にも理りがあります。センスや才能ではなく技術です。そしてそれは日々の暮らしで役立つ技術でもあります。誰かのための演技は、周りの人があなたに感じるUXも高めてくれると思います。

周囲3メートルの人間のUXを高めるために、演技を学ぶ。

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